心の鎧を解いてパートナーシップを築いていくためには、力づくでは無理なのでしょう。
相手の非を責め立てるほど心を閉ざすものです。

かといって、従順にやさしいだけでもダメなんですよね。

「それはできません。私はこう思うのです」
ノーと言うべきところはきちんと伝え、
愛すべき美しい心には敬意をもってイエスと伝える。
ほんとうの思いやりとは、そういうものではないでしょうか。

相手の悪い態度に傷つき、しかし、それでも愛している。
だから、どう対応したらいいのか悩むわけですけども、
ここで大切になってくることは、この痛みに向き合い、自分の力にすることだと思うのです。

痛みは、そこから逃げようとすると怒りになります。
でも、受け入れると力に変わります。
その力は元々あったものなのですが、痛みに隠れて今まで使えなかったのです。
無力に感じていた自分にも力があると気づくと従順であることだけが愛情ではないとわかってきます。
自分に向き合う強さが、真に人を思う力、思いやりの源になるということです。

目指すのは、強さのあるやさしさであり、やさしさのある強さでしょう。
それは自分の痛みを受け入れ、相手を理解することによって手にできます。

もしかしたら、お相手の方の頑なさの意味するものは絶望なのかもしれません。
ほんとうは誰もが愛されることを待っていて、でもそこに何か絶望があって、自分だけではどうにもならなくなっていたりすることはよくあることです。
としたら、偽りの自分で対応するのではなくて、自分のほんとうの力で対応していく。
強いだけではダメ。
ご機嫌取りのやさしさだけでもダメ。
人の心を打つのは、染み入るようにして伝わる揺るぎない強さに裏付けされた思いやりのようです。
芳久

IMG_1786