例によって、昔のテレビの番組の人生相談をみました。
そのなかのお便りを紹介します。


『35歳の夫と、3人の子供がいます。
 親の反対を押し切って結婚、
夫は優しく、よく働き、幸せでした。
それもつかの間、若い女を作り、
ギャンブルと酒と女で多額の借金を重ねました。
それでもそのうち立ち直るだろうと信じて、
馬鹿ですね私って。
騙されても騙されても信じて、別れられませんでした。
今、夫は沖縄の島で、女と暮らしています。

夫の両親の面倒は私がみています。
夫の借金がかさみ、この先、真っ暗です。
何度も死のうとしましたが、子供たちが止めてくれました。
家族をこんな目にあわせて、
自分は愛人とのほほんと、きれいな海を眺めている夫が憎らしくて、
度々殺してやりたくなります。

なぜ、まじめな人間がみじめになり、
勝手気ままな人が楽に生きるのですか。
天はあまりに不公平じゃないですか。
夫と愛人を憎み怨み、やり切れません。
働いて働いて、目ばかりギラギラして眠れなくて。
もう、いや。
でも、私のどこが悪かったんでしょう。
辛いです。淋しいです。死にたいです』


* *


怨みや憎しみに苦しむとき、どうしたらいいのでしょう。

やられたらやり返す。
刺し違えてでも、わからせてやる。

信じていたのに裏切られたりでもすれば感情的になるのが人間ですけども、
それで損をするのは自分です。
かと言って、このまま黙っているのも悔しいもの。
世の不条理に対して、忍の一文字で耐えていくのは生半可な気持ちでは難しいものです。

そもそも、なぜ憎いのでしょうか?
なぜ怨むのでしょうか。

「愛と憎しみはうらおもて」とはよく言ったもので、愛しているから憎らしくもあるのでしょう。
愛が叶わなかったとき深く傷つくものです。
傷つくのは自分で自分を貶めているからなんですけども、
ここは自覚を持ちにくいところかもしれません。
強く感じられる気持ちは、ただただ辛いということ。
そして、憎らしいということばかり。
でも、心を深く見つめていくと、やがて気づくときがくるのでしょう。

もっと、理解してあげることができたなら・・
もっと、手助けしてあげることができたなら・・
やさしくあり、役に立ち、自分を活かし、
そうして貢献してきたことが思うようにならなくなって、それがどれほど悔しく心を痛めるものか・・


私たちの心の深くには、どうしたって人を愛したい気持ちがあります。
それでもわかりあいたい気持ちがあります。

芳久

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