競い、争い、戦い合って。
そうして大切なのは愛だけだと気づくのに、
いったい、どれほどの時間とエネルギーを費やしてきたものか・・。
優劣争いに明け暮れて
勝ち気なエゴを満たしていった先に幸せはあるのだと
私たちはそう思い込まされてきたのではないでしょうか。

立春を明けてみて思うことは
魂の喜びは、それとは真逆にあるものなのではないかと、
そんなことを思うのです。

人生は、ときに残酷な一面を私たちに見せるもの。
しかし悲劇のストーリーを味わって
やがて真なるものに目覚めていくのかもしれません。
勝ち得たもの、手にしたもの。
それはそれで喜びではあるものの、
一時的で永くは続かないものではないでしょうか。
皮肉なものですけども
手にしたものを失うことによって、
もしくは手放し、解放していくことによって
私たちは真に深い心の落ち着き場所を見出していくようです。

だから失い傷つき、うなだれたとしても、
実は、次なる新しいステージが広がっているのでしょう。
悲しみに触れたなら全身で涙して
悔しさに心引き裂かれたら地団駄を踏み、天を仰ぎ見るのです。
感じ尽くすこと、燃やし尽くすことは、
癒しのプロセスに欠かせないことだと思います。

たとえ、まだ癒しきれていないところがあっても
癒しを意識していることは大切ですね。
それは『許し』や『愛』も同じで、
まだ許せていないことがあっても許しを意識していること。
愛の通り道になりきれない時があっても愛を意識していること。
エゴの罠に落ちないためにも心に留めておきたいものです。
そして、そういう意識で日々を過ごしていると
やがて、すべては愛に還っていくのだとわかる日が来るような、
そんな気がしてくるのです。


捉われた心が浄化されて
誰もが真の自己に目覚めていけますように
芳久

IMG_2560